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東京で初めて開拓した
江戸仕立ての浅草ひつまぶし

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東京で初めて開拓した
江戸仕立ての浅草ひつまぶし

   
おすすめメニュー
浅草ひつまぶし
浅草ひつまぶし
東京で初めて開拓した江戸仕立てのひつまぶしです。
塩ひつまぶし
塩ひつまぶし
浅草うな鐵でしか食べることのできない、オンリーワンのひつまぶしです。
串焼き5種セット
串焼き5種セット
かぶと、きも、ひれ、短尺、レバーと希少な部位を使用した串焼きです。
元気はうなぎ、
うなぎは元気
人々にうなぎを食べて心身ともに元気になっていただく。この言葉を使命として掲げる浅草うな鐵は、江戸文化の風情が残る浅草にて、日本の伝統的な料理である“うなぎ”を皆様にご提供しています。
浅草うな鐵のこだわり
鰻 鰻
うなぎの中から元気で活きのよい活うなぎを職人の目で厳選し、その日に売り切ることが当店のモットー。その日のうちに捌き、串打ち、焼き上げまで全ての工程を丁寧に行っています。 素材のうなぎを余すことなく調理し、各部位のおいしさを味わってもらうことが、当店の歴史であり伝統でもあります。
焼
うなぎ家にはこんな言葉があります。「串打ち三年、割き五年、焼き一生」。まさしく職人とうなぎの真剣勝負。うなぎは一尾一尾、個性があります。 火の強さ、焼き時間、タレのつけるタイミングなど微妙な変化させながら、焼きに全神経を注ぎます。こだわりの備長炭を使い、高火力ながらもまろやかな味に仕上げています。
焼
味 味
店主が開店以来こだわってきた秘伝の味。 みりんと正油を絶妙な火加減でじっくり。 そして、丁寧なアク取りを怠らずしっかりと。 手間ひまが熟成された深く濃厚な味わいを生みだします。
鰻
うなぎの中から元気で活きのよい活うなぎを職人の目で厳選し、その日に売り切ることが当店のモットー。その日のうちに捌き、串打ち、焼き上げまで全ての工程を丁寧に行っています。 素材のうなぎを余すことなく調理し、各部位のおいしさを味わってもらうことが、当店の歴史であり伝統でもあります。
焼
うなぎ家にはこんな言葉があります。「串打ち三年、割き五年、焼き一生」。まさしく職人とうなぎの真剣勝負。うなぎは一尾一尾、個性があります。 火の強さ、焼き時間、タレのつけるタイミングなど微妙な変化させながら、焼きに全神経を注ぎます。こだわりの備長炭を使い、高火力ながらもまろやかな味に仕上げています。
味
店主が開店以来こだわってきた秘伝の味。 みりんと正油を絶妙な火加減でじっくり。 そして、丁寧なアク取りを怠らずしっかりと。 手間ひまが熟成された深く濃厚な味わいを生み だします。
店舗案内・アクセス
浅草駅前 本店
広々した店内・団体様OK! 隅田川沿いスカイツリー見えます!
浅草駅前 本店1Fテーブル席
浅草駅前 本店カウンター
浅草駅前 本店2Fテーブル席
浅草駅前 本店2Fテーブル席(スカイツリーが見えます)

住  所
〒111-0033 東京都台東区花川戸1-2-11
電話・FAX
03-5830-3302
営業時間
11:00~21:00(Lo. 20:30)
定 休 日
月1回(営業カレンダーをご確認ください)
席  数
約70席
最寄り駅
東武浅草駅  中央口徒歩約5分
銀座線浅草駅 5番出口徒歩約1分
浅草線浅草駅 A3出口徒歩約2分

国際通り店
下町の雰囲気を感じられる店内、珍しい串焼きが豊富!
お一人様でも気楽に入れる店内です。
国際通り店店内は肩肘はらないカジュアルな雰囲気
国際通り店1Fはカウンターと椅子のお席
国際通り店2Fはすべて椅子のお席になっております
国際通り店心ゆくまでごゆっくりお過ごしください

住  所
〒111-0032 東京都台東区浅草1-43-7
電話・FAX
03-3841-1360
営業時間
11:30~22:00(Lo. 21:00)
定 休 日
火曜日
席  数
約35席
最寄り駅
つくばエキスプレス浅草駅 隣
地下鉄銀座線田原町駅 徒歩5分
地下鉄都営浅草線浅草駅 徒歩7分
東武伊勢崎線浅草駅 徒歩7分




お品書き
お食事
鰻・一品料理
串焼き~職人の手作りと焼き~
コースメニュー
お飲み物
「伝統を紡ぐうなぎ職人」
建築現場からうなぎの世界へ。職人を志した理由
藤野 圭
(1982年生まれ、43歳)
副店長
入社6年目


私の前職は、まったく異なる業界である建築関係の仕事でした。高校を卒業してからずっと現場に入り、足場に上って作業をしたり、事務所に戻って図面と向き合ったりして、建物が形になる過程に携わっていました。そこでは体力も精神力も鍛えられましたし、ものづくりの面白さに触れることもできました。しかし、その仕事を続ける中で「自分の手でものを作る」という職人への憧れが徐々に強くなっていきました。
うなぎ職人という道を選ぶことは、建築とはかけ離れた世界への挑戦に見えるかもしれません。ですが私の中では、職人として歩むという点で同じ道の延長線上にありました。細部へのこだわり、技術を磨くための努力、そして自分の仕事が誰かの喜びになるという点は、建築も料理の世界も共通しています。自分の興味のある仕事を探している中で、さまざまな人に相談しながら考え抜いた結果、「この道で生きていきたい」と覚悟を決め、うなぎの世界に飛び込みました。


目の前でうごめく命と向き合った修行の日々
修行時代、最も印象に残っている光景があります。それは、樽の中で活きたうなぎが何十匹もにょろにょろと動き回っていた姿です。初めてその場に立ったときは、正直圧倒されました。自分がこれから扱う食材の「生」を前にして、気持ちが引き締まると同時に、「本当に自分にできるのだろうか」という不安もありました。
しかし、日々の作業を通して、その不安は次第に「やってやる」という気持ちに変わっていきました。師匠や先輩から教わった「常に学ぶ姿勢を忘れるな」という言葉は、今でも自分の中の芯になっています。活きたうなぎを氷で締めずに素手でつかめるようになったとき、自分の中でひとつ壁を越えたと感じました。そして、自分で割いたうなぎに串を打ち、自分の手で焼き上げた一本をお客様に提供した瞬間、「職人として一歩踏み出せた」と強く実感しました。


一つのことにのめり込む性格が支える職人仕事
私の性格は、一つのことにのめり込むタイプです。興味を持ったらとことん追求したくなる。この性質は、うなぎ職人の世界でも大きな武器になっています。強みは「努力を続けられること」。技術に終わりはなく、毎日向き合ううなぎは一匹として同じものはありません。仕込みのすべてが難しく、奥が深い。だからこそ、一つひとつの作業を極めたいという気持ちになります。
また、仕事を続ける上で大切にしているのが、良い意味でプレッシャーを感じることです。緊張感を持つことで集中力が途切れず、「今日の一匹」に向き合う姿勢を保つことができます。


お客様の言葉が原動力になる
職人として働く中で、心に残っているお客様とのエピソードがいくつもあります。ある海外のお客様は、浅草うな鐵のうなぎを食べるためだけに、朝一番の飛行機で来日し、その日のうちにまた飛行機で帰国されました。その情熱に驚きながらも、自分たちの仕事が国境を越えて誰かの楽しみになっていることを実感し、胸が熱くなった出来事です。
また、日本のお客様の中には、毎日のように竹重を食べに足を運んでくださる方もいます。「美味しかった」「ご馳走様」「また来るね」と笑顔で言っていただけるたびに、自分の努力は間違っていなかったと励まされます。


目指す職人像とこれから
私が目指しているのは「常に成長を目指し続ける職人」です。完璧は存在しないからこそ、昨日より今日、今日より明日と積み上げていきたい。
挑戦したいことは、ただ一つ。日々成長すること。そして後輩には、「うなぎ職人の仕事は奥が深い。だからこそ一つひとつにのめり込んでほしい」と伝えたい。技術は積み重ねの中で必ず身につきます。


うなぎ職人を選んで良かったと心から思える瞬間
活きているうなぎを自分の手で割き、串を打ち、焼き上げてお客様に届ける。そんな店が今では少なくなったと感じます。その中で、自分が携わった一本を食べたお客様が笑顔になり、「美味しかった」と言ってくださった瞬間、心の底から「この道を選んでよかった」と思います。

最後に
浅草うな鐵では、活きたうなぎを朝から丁寧に仕込み、新鮮なまま提供しています。割き、串打ち、焼き。その全てを真心込めて行い、一番美味しい状態でお届けしています。ぜひ、当店自慢のうなぎをご賞味ください。
うなぎ職人として歩む道
佐藤 瑞毅
(1983年生まれ、42歳)
店長
入社14年目


WEBサイト運営やデータ管理の仕事に携わっていた私は、もともと飲食とは違う世界に身を置いていました。しかし、幼い頃からずっと父が飲食業に打ち込む姿を見て育ったことで、「手に職をつけて生きる」という価値観が自然と自分の中にも根づいていきました。働く大人の背中として最も身近にあったのが“飲食の世界”であり、父の姿が自分の原点であることは間違いありません。
学生時代のアルバイトで飲食店に立ち、接客を通してお客様の喜ぶ顔を目にしたとき、自分の中に湧き上がる確かな「やりがい」を感じました。その瞬間から、飲食の道に進むことへの迷いは、ほとんどありませんでした。


修行の始まり
職人としての修行が始まると、まず目の前に立ちはだかったのが「活きた鰻を裂く」という技術でした。頭では理解していても、実際に手を動かすと難しく、最初の頃は自分の未熟さを痛感するばかり。それでも、師匠や先輩から掛けられた「仕事は綺麗に。謙虚さを忘れるな」という言葉を胸に刻み、ひたすら手を動かし続けました。
そんな中、一人で焼き場を任された瞬間は、自分が職人として一歩成長したと実感できた特別な場面です。火と向き合い、鰻と向き合い、責任を持って一匹を仕上げることの重みを改めて感じました。


職人としての姿と価値観
自分の性格を一言で表すなら、「謙虚さを大切にする」ということになると思います。先代の社長から言われた「謙虚であれ」という教えは、今でも毎日の仕事の中で大切にしている指針です。
また、誰にも負けない自分の強みは「笑顔」。どれほど忙しい日も、どれほど難しい仕事に向き合っていても、お客様と向き合う時は笑顔でいることを心がけています。
うなぎの世界は、裂きも串打ちも焼きも、とにかく奥が深い。長く続けるほど難しさを感じる瞬間があります。それでも、ミスをしても後悔にとらわれず、反省し次に生かす気持ちを持つことで、前へ進み続けることができています。


お客様の言葉が支えになる
職人として働く中で最も嬉しい瞬間は、お客様からの「美味しかった」という一言をいただいたときです。その短い言葉の中に、料理人としての努力や時間への評価が詰まっているように感じます。
特に印象に残っているのは、海外から来られたお客様が、数年ぶりに「うな鐡の味をもう一度食べたい」と訪れてくださったこと。遠く離れた場所から当店を目指して訪れてくださったという事実は、今でも胸に残る大切な出来事です。


目指す職人像とこれから
私が目指す職人像は、現状に満足せず、常に自分を磨き続ける人です。技術は終わりのない道で、向上し続けるからこそ、料理に深みが生まれると信じています。
後輩や若い職人たちには、「鰻の調理は楽しさとやりがいのある仕事だ」ということを伝えたいと思っています。この世界に飛び込めば、苦労もあるけれど、その倍以上の喜びがある。そんな仕事です。


うなぎ職人を選んで良かったと心から思える瞬間
振り返ると、日本人として和食の文化に携わり、その魅力を伝える仕事に従事できていることに誇りを感じます。そして何より、お客様から「美味しかった」と言っていただける瞬間、その一言が自分の道が間違っていなかったと教えてくれます。

最後に
「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」。この言葉の通り、鰻の仕事は一朝一夕で身につくものではありません。私は入社して14年になりますが、いまだに毎日の中に新しい発見や学びがあり、この仕事の奥深さに驚かされ続けています。
それでも、この道を選んで本当に良かったと胸を張って言えます。これからも、一匹一匹に真心を込め、皆さまに喜んでいただける味をお届けできるよう精進してまいります。
30歳で決意した、うなぎの道
倉持 修
(1979年生まれ、46歳)
部長
入社16年目


私が最初に選んだ職場は、うなぎの世界でも、職人の世界でもありませんでした。高校を卒業して入社したのは、老舗和菓子店「とらや」。店舗運営や販売を中心に携わり、和の文化に触れながら社会人としての基礎を学びました。幼い頃から和食の世界に対して憧れを抱いていたこともあり、とらやで働く時間は刺激的でしたが、職人として技を磨く立場ではありませんでした。
20代半ばで退職し、しばらくはフリーターとして働きながら自分の将来を考える期間に入りました。「いつかは職人になりたい」という想いはずっと心の奥にあったものの、具体的にどう進むべきか決めきれずにいました。そんな中、30歳という節目を迎えるにあたり、「今こそ動かなければ」という気持ちが強くなり、迷いよりも行動が先に立ちました。そしてついに、長年抱き続けてきた“職人になりたい”という想いを実現するべく、浅草うな鐵へ飛び込む決心をしたのです。


濃密な修行の日々
入社後、特に印象深い経験となったのが、取引先のうなぎ問屋で行われた約2週間の「捌き」訓練でした。短期間ではありましたが、その内容は非常に密度が濃く、今の技術の土台になっていると感じています。うなぎは一本一本が異なり、その違いを見極めながら捌く作業は繊細で、集中力と丁寧さを求められるものでした。問屋での訓練を経て、確実に自分の手が変わっていくのを実感し、「職人として前に進めた」と強く感じたのを覚えています。
また、先輩方から教わった「整理整頓・清潔・清掃を徹底しろ」という言葉は、技術以上に深く心に残った教えです。職人である前に、一人の料理人としての姿勢を正す大切さを知りました。


繊細さと自己管理が生む職人技
自分の性格は、良く言えば几帳面、悪く言えば神経質。細かい部分が気になりすぎるところがありますが、捌き・串打ち・焼きという繊細な工程が連なるうなぎの調理においては、この性質が武器になっています。特に「焼き」の工程は妥協が一切許されない世界で、自分自身でも最も力を注いでいる部分です。火の通り方、皮目の状態、香りの立ち方。小さな違いが大きな差につながるため、甘えを排し「自分の納得いく焼き」を追求しています。
さらに、この仕事を続ける上で欠かせないのが体調管理です。自分の体調がそのまま仕込みや焼きに影響することは身をもって感じており、毎日のコンディションを整えることも職人の技のひとつだと考えています。


うなぎ職人を選んで良かったと心から思える瞬間
職人として何より嬉しい瞬間は、お客様から「あなたの焼いたうなぎが一番美味い」と言っていただけた時です。自分の手仕事が誰かの喜びに変わるという事実は、努力を積み重ねてきた自分にとって大きな励みになります。
印象に残っているのは、自分が焼いたうなぎに感動したお客様が、感謝の気持ちとしてスタッフ全員にお土産を持ってきてくださった出来事です。料理が人の心に届くということを、改めて強く感じた瞬間でした。


目指す職人像とこれから
私が目指す理想の職人像は、「自分の焼きに妥協を許さない人」。技術に終わりはなく、常により良いものを追求し続けられる存在でありたいと考えています。
今後の挑戦としては、新規出店に携わり、より多くのお客様に自分の焼いたうなぎを届けたいと思っています。また後輩には、「焦る必要はない。地道に積み重ねていけば技術は必ず身につく」と伝えたい。続けることこそ、職人として最大の力になると考えています。


最後に
当店では、生きたうなぎを店舗で捌き、丁寧に焼き上げています。誠心誠意、心を込めて仕込んだ一品が、お客様の喜びにつながることを願いながら、日々仕事に向き合っています。ぜひ一度、当店のうなぎをご賞味ください。

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